「百恵回帰」番組載録
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![]() ![]() 大 さて'77年の秋に発売されました「秋桜」お届けしております。 これ「百恵クライマックス」というベスト盤のライナーの中に川瀬さんの 「この曲は何度も何度もスタジオで、トラック・ダウンとかいろいろあるので何百回と聴いたけど その度に感動した」という記述がありましたけど・・ 川 そういう思い出ありますね・・ まず、これ作る時からものすごい時間がかかったシングルなんですよ。 大 (笑)発注してから出来上がるまですごい・・ 川 そう、1年近くかかったんですよ・・・
大 はい 川 お願いした時はみんな「さださんに書いてもらいたいね」っていうのがあってね、あの時は さだ さんのマネージャーがお父さんか何かだったのか・・僕、さださんのお父さんと話しした 記憶があるんですよ。 大 ああ、そうですか
川 お父さんと話した時に「まさしはまだ山口百恵さんを存じ上げてないので、時間かかるかも
しれない」って、
「それでも結構ですよ」と。「それなら定期的にうちに来てくれ」って言うんですよ。それで「今山口百恵は どういう状況なのか、まさしとちょっと話をしてくれ」って、その当時市川に さださんのお宅があって、 そうしょっちゅうは行かなかったんで・・多分2回くらいは行った記憶があるんですよ。 それでああでもない、こうでもないってくだらない話をしたり・・こう・・雑談ですよね。 全然そのどういう曲を作ってくれとかっていう事じゃなくて・・ 大 百恵の話でもなかったんですか? 川 じゃなくて・・まぁ百恵の話も当然入ってきたとは思いますけど、お宅で3時間とか4時間とか馬鹿っ話しながら
共通の話題とか、全然違う音楽の事とか・・そういう話しながら、それで10ヶ月目くらいですかね「出来た」って いう風に。 僕がまたその時に遊びで足を折っちゃってそれで病院に入院してたんですよ、 それでさださんの曲が出来上がって来たっていうんで、会社の人間にカセット病院まで届けてもらって病院で聴いて 「ああ、いい曲だなぁ〜」それでまた酒井さんなんかと・・、そのときはタイトルが「小春日和」っていうタイトルで メロディも詞もちょっと違ってたんです。 それを酒井さんと電話連絡で「ここのとこ、こういう風にしたいね」ってそれで直しに依頼をして、 出来上がってきて「いい曲だね・・」って。でもB面は?って話になったんですよ。 で「B面作ってない」って言うんですよね。それで「まずいよそれは・・」っていう事になって急遽又さださんに 「実はB面も欲しいんですけど」「えっ、もう1曲ですか!?」みたいになって。 ここから1年かよ・・って思ったんですけど・・ 大 ここから1年!!(爆笑) 川 でもB面はもう1週間以内に作って頂いて。 もうすぐ出来て・・ 大 ああ、そうですか・・・ 「最後の頁」の方もさださん自身がお唄いになってアルバムにも入ってますね。 川 ええ、すごいいい曲書いて貰いましたけど、こんな早く出来るんだったら10ヶ月も待たないで ・・って思ったんですけど(笑) 大 (爆笑)さださんがね、よく「秋桜」の話をする時に「レコーディングの時に百恵ちゃんと会えなくて、電話で話しをした」 と、百恵さんが「この曲をとても好きなんだけど、よく理解出来なくてうまく歌えなくて苦しんでいる」と話をしたと よくさださんがお話なさるんですけれども。 レコーディングの時はスムーズに行かなかったんですか? 川 いや、そんな事ないですよ。唯、多分これキーがすごい音域が広い曲だったんで、2パターン録ってみようって 半音だか一音だか違うやつを同じアレンジなんですけれど録って、両方歌った記憶があるんですよね。 それで高い方がいいって事になって、高い方はファルセットを使うんだけれども百恵はそれまであまりファルセット は使ってなかったんですよ。 大 シングルでは無いですね・・ 川 そうですね、それで使った時に「ああ、すごいいい感じじゃない」って事でキーの高い方にしようっていう事になった
と思います。 大 ホント綺麗なファルセットですよね〜 川 そうですね。 |
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